はじめに
前回レポ(こちらです)した横浜市中区根岸旭台のレストラン「ドルフィン」からも見えていた「本牧市民・臨海公園」。
同じ日にこちらにも行ったので散策備忘録を続けたいと思います🙇
(1)は本牧市民・臨海公園内にある「八聖殿郷土資料館」に展示されていた写真です。埋め立て前の様子で、八聖殿のある本牧岬から根岸の旧競馬場やドルフィンの方向を見ています。

(1)
(2)はドルフィンのテラスから現在の根岸湾を見た様子で、↓が本牧市民・臨海公園のあたりです。
海だった所にはコンビナートが並んでいます。

横浜市八聖殿郷土資料館
建物の様子
昭和8(1933)年に政治家安達謙蔵氏の別荘として建てられ、法隆寺の夢殿を模して正八角形となっているそう。
「はじめに」に記した通り、本牧塙の先端となっている本牧岬にあり、そこからの眺望もとても良かったそうです。
また、鉄筋コンクリート造で水洗トイレや全館暖房も備えられ、当時の最先端技術の詰まった建物だったとの事です。
現在は横浜の海の変遷をはじめ郷土史などの資料を展示した博物館となっています。

玄関床面の様子
(a)は玄関前の様子で、(b)は館内から玄関方向を見た様子です。
玄関床面の黒い石材部分に化石が含まれています。

床面の化石
(a)は玄関に入った時の床面の見え方です。
段差部分に置かれている簀の子をスタッフの方がよけて見せて下さいました。
(久々の晴れ間に干すのも兼ねて…と有難いご対応に感謝です😭✨)
また、玄関床面の石材は建築当初からの物との事です。
詳細はわかりませんが、ウミユリの化石や破片がとても多く見られました。
(b)は(a)の↑、(c)は(a)の↓のウミユリ化石です。(c)は長さ約18cmの細長い物です↓

(1)
(2)の写真左手が1階展示室側です。
写真は階段から見下ろして撮った物です。

(2)
(a)は(2)の←部分で、細かなウミユリの断面が多数見られます
(b)は(2)の←、(c)は←のウミユリです。

(3)
(2)の□が(a)、(a)の□が(b)、↑が(c)のウミユリです。

(4)
(5)~(8)でもウミユリの色々な断面が見られます。

(5)

(6)

(7)

(8)
(9)~(11)では↓↙にウミユリ茎部の細長い断面が見られます。

(9)

(10)

(11)

(12)
摩耗していてはっきりとはわからないのですが、(a)や(b)の→↑はサンゴの断面でしょうか…🔎

(13)
(a), (b)は、普段は簀の子が置かれている部分です。(a)にもウミユリの断面が多数見られます。
鮮明ではなく推測なのですが🤔(b)の←↑はベレロフォン?でしょうか🔎

(14)
(a)は階段から玄関を見下ろした様子です。
階段の床部分はテラゾー石材のようでした。
(b)は洗面所入口の様子で、←は玄関の床面です。
→のタイルや間にある石材も当初からの物との事です。

(15)
1階展示室
室内の柱の配置や天井の形も八角形です👀
歴史資料と共に魚介藻類や漁業、海苔つくりなどの資料も沢山ありました。

2階展示室
建物の名前の由来となっている八聖人像が置かれています。
建物の完成・公開にあわせ著名な作家達によって制作されました。
復元された古民家や農具、懐かしい雑誌や教科書も並び、盛り沢山の展示です!

上海横浜友好園
「八聖殿」から本牧市民公園内を移動し「上海横浜友好園」へ。
横浜上海友好都市提携15周年を記念し、平成元年に上海市から横浜市へ寄贈された庭園と建築です。
清朝様式の家具等を展示した玉欄庁(c)や六角の屋根のあずまやの湖心亭(d)等があります。

海食崖
地形の様子
上の「上海横浜友好園」(b)(d)にも露頭が写っていますが、「上海横浜友好園」のある「本牧市民公園」や「三渓園」の周辺には太古の波の浸食により作られた「海食崖」が残っています。
「八聖殿郷土資料館」で見た資料やスタッフの方のご説明をもとに崖の様子を見てきました。
二之谷(左側)と三之谷の間の海食崖です。

(1)
三之谷(左側)と大谷戸の間の海食崖です。

(2)
(3)は「八聖殿郷土資料館」に展示されていた写真です。
写真左上にある「上の写真について」の「写真」とは、幕末から明治にかけて日本各地で写真を撮影したフェリーチェ・ベアトが根岸から本牧を撮影した写真「新道の風景、ミシシッピ・ベイ(根岸湾)」のことです。
横浜美術館のサイト(https://inventory.yokohama.art.museum/5704)に高精細な画像がありました。

(3)
(3)の風景が「ドルフィン」で撮った「はじめに」の(2)の風景に近いのでは?と思い、迅速測図(1886年⦅明治19年⦆に完成した地形図)で撮影位置や写っている景色の範囲をざっと当てはめてみました。
「ドルフィン」のテラスからも茶色い露頭部分が見えていたので、(3)の写真に興味がわき…素人目で推測して楽しんだまでで全く確証は無いですが🙇

図の出典: 基盤地図情報DEM配信サービス (https://boiledorange73.sakura.ne.jp/) 迅速測図タイル
(4)
上の(4)の地図や「はじめに」の(1)の写真のような海に囲まれた本牧岬の周りも、現在は埋め立て地となっています。
(5)は一之谷から大谷戸付近の現在の地形図を標高で塗り分けた物です。
三渓園の「三」は三之谷に由来することがよくわかります💡
その南側に「上海横浜友好園」があり、下の地図の(1)と(2)の↑↗は海食崖の露頭写真(1)と(2)の撮影方向です。
(4)と比べると首都高や「上海横浜友好園」は海を埋め立てた場所にある事も再確認できます。

地理院地図 自分で作る色別標高図(https://maps.gsi.go.jp )より
(5)
地層の様子
地質分布の様子を、産総研地質調査総合センターウェブサイト 地質図Navi(https://gbank.gsj.jp/geonavi/index.php?lang=ja)で確認してみました(1)

(1)
(2)は、(1)で示されている色を「地質図Navi」の凡例から抜粋した物です。
現地で撮影した露頭の写真(1)(2)の中央の茶色の層が「下末吉ローム層」で、その下の灰色の層が「上総層群、上星川層」でしょうか。
また、下末吉ローム層は後期更新世で上星川層は前期更新世なので、その間の中期更新世の地層がありません。
地層の年代に大きな隔たりがあり「不整合」の状態になっているのでしょうか。
県内博物館等による解説も色々出ているのでまた確認したいです📝

(2)
おわりに
今回も「横浜市八聖殿郷土資料館」の石材や「上海横浜友好園」付近で見た露頭など予備知識なしで出会った事が多く、写真も頭の中ももう少し整理したいところです🤣
前回(こちら)レポしたドルフィンや根岸森林公園、磯子区役所と同じ日に🚗でざっと巡ったので、時間を取って再訪もしたいなと思います。
それでは今回も見ていただきありがとうございます🙏
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